
| 北海道にはかつて炭坑が数多くあり、そこから掘り出された「黒いダイヤ」を運ぶのは蒸気機関車に牽かれた黒い石炭車たちでした。 しかし石炭産業の斜陽化と共に運炭列車・鉄道も減り北海道の鉄道地図は寂しくなりました。 現在JR線上には石炭列車の姿は全く見られません。数多く存在した運炭鉄道も廃止され、「私鉄の花園」と言われた頃の面影はもうありません。 そんな中で釧路の太平洋石炭販売輸送は今でも石炭を運んでいます。 この鉄道は元々釧路臨港鉄道と言い、かつては旅客輸送もしていましたが後に貨物専業になりました。 またこの鉄道は末端区間が廃止されており、元は東釧路でJR根室本線、釧網本線と接続していましたが今は全く他の鉄道とつながっていません。 日本最後の炭坑太平洋炭坑の閉山で残る区間も廃止の危機に直面しましたが運転再開となり独特の連接台車を持つ石炭車が今も走り続けています。 |
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| 知人〜春採が1925年(大正14年)開業。以降路線を延ばしました。 貨物は蒸気機関車B6、旅客は気動車で運行していましたが1964年(昭和39年)に旅客営業廃止、ディーゼル機関車の増備で無煙化されました。 1966年(昭和41年)臨港〜入舟町、1985年(昭和60年)6月1日城山〜東釧路翌年11月1日東釧路〜春採、知人〜臨港が廃止になりました。 なお1979年(昭和54年)に太平洋石炭販売輸送と合併しました。 |
| 現在社名は太平洋石炭販売輸送に変わりましたが、釧路臨港の面影も残っています。 港にあった倉庫には「臨鉄倉庫」とありました。 |
| 知人駅の構内には運ばれてきた石炭が大量にあります。石炭の山で見えませんが低い高架線がありそこで石炭を下ろしているようです。 写真に写っている線路は最近列車が走った形跡もなく、線路の間には昆布が干されていました。(^ ^;) | 知人から春採方面へ延びる線路。線路の横はすぐ太平洋です。是非ここで運炭列車を撮りたいものです!! この日は残念ながら一度も走っている列車をみることはありませんでした。(T_T) |
| 線路は弁天ヶ浜を横切ります。写真は知人方面を向いてます。 | 海に突き出た崖を見ながら間もなく線路は海岸を離れ春採湖のほうへと向きを変えます。 |
| 海岸の次は春採湖に沿い間もなく春採に着きます。写真は知人方面を向いてます。奥には少しだけ太平洋も見えます。 |
| 春採駅構内。電機式ディーゼル機関車DE601の後ろに黒い石炭車が続きます。 |
| 春採駅にある機関区。機関庫の前にはD701が、右のほうには新しそうなモーターカーや除雪車もいます。 |
| 春採にある太平洋炭坑の巨大な選炭工場。写真中央、工場の上に高架線と架線柱が見えますがこれは炭坑のナロー線跡です。 写真右が春採駅です。手前の空き地は東釧路への廃線跡のようです。 |
| 車両 | |
| D101 | 廃車。ロッド式ディーゼル機関車 |
| D301 | 廃車?ロッド式ディーゼル機関車 |
| DE601 | 異色の電機式ディーゼル機関車 |
| D701 | DD13タイプ |
| D801 | DD13タイプ |
| セキ6000 | 2両連接式の石炭車 |
| その他 | D201の台枠 |
写真撮影日:2002.08.21
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